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静岡の最終章 [杉井酒造]

杉錦

杉井酒造(静岡県藤枝市)



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 そして、静岡の最終章は杉井酒造さんです。

 今回はこの後に菊川にある森本酒造場さんにも立ち寄ったのですが、森本社長が照れ屋なのもあってレポートは割愛します。

 最初の写真は釜の上に置かれた「コマ」と呼ばれるものです。下から昇ってくる蒸気を上に被さる甑のなかに敷かれたお米へ万遍なく行き渡るようにします。

 少し引いた全体写真がこちらですね。

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 こちらは麹室です。
 この時には引き込んでいるお米はありませんでした。

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 杉井酒造さんでの日本酒造りは、およそ3期に分かれています。9〜11月の年内出荷のお酒、12〜1月の吟醸造り、そして3〜4月の通年商品の仕込分と大まかな区分けがあり、更には味醂と焼酎も仕込んでいますので、蔵では7月以外はほぼお酒を造り続けている状況です。仕事が多岐に渡るため、蔵人さんも長続きしない場合が多く、昨年に辞めた植松さんは10年と少し、そしてその後をまかされている石橋さんは5年程で、それ以外は毎年の用に人材が入れ替わってるようです。この冬も既に新規採用の二人が辞めていったそうです。最近ではお酒造りに向かう若者が増えているそうですが、人材面においてはまだまだ厳しい現実があります。

 こちらは酒母室です。
 杉井酒造さんではモトは冷蔵庫の中で育成します。使用する酵母は山廃仕込みに協会七号、きもと造りには静岡酵母HD-1などです。焼酎造りにも静岡酵母を用いています。ちなみに焼酎麹は黄麹を使っています。

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 こちらは袋吊りしている雫酒を集めている様子です。もろみを搾るに際には加圧が少ないほど綺麗なお酒を採ることができると言われています。

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 タンクの中はこんな感じで、モロミが入った袋がぶら下がっています。

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 上槽には他にもヤブタ式と槽を用いています。

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 見学後には事務所にて利き酒をしました。

 ところで今更の話になりますが、酒屋の仕事をやるにあたってそれほどの決意や高い意欲があった分けではなく、親が営んでいたものにそのまま乗っかってしまったという感じです。働き始めた数年間は、たぶん取り扱うものがお酒でなくても、家電や衣料でも同じ距離感でもって接していたと思います。どの仕事が良いとかではありません。仕事の対象に興味がなかったのです。

 少し意識が変わったのは、お酒についての書籍を手に取るようになったことで、特にターニングポイントは麻井宇介さんによる『ワイン造りの思想』を読んでからです。そこでは、産地や品種といった優れたワインの要素として重要とされるキーワードを順に上げながら、過去の時代のワイン評価の中でそれらの概念が立ち入れ代わるように焦点を合わされ、ある種のモードのように機能してきことを指摘されています。哲学で言うところのちょっとした「脱構築」がその本の中ではなされていて、既存の概念を違う道具立てとして用いて、同じテキストから全く違う意味を導きだすみたいな感じです。実際に本の中では、適正そのものが疑問視されてきた日本でのワイン用葡萄栽培への挑戦に対して、視座を変えたアプローチを示唆することで、日本でのワイン生産者に対する静かな鼓舞を行う内容となっているのです。今では市場における動向が大変注目をされている日本産ワインですが、その造り手の人達へと大きな影響を与えた方でもあります。

 その麻井さんが雑誌で行った対談の資料を今回の杉井酒造さんの訪問で見せられたのです。ある雑誌の編集者から先ほどの著作を勧められ読んでみると俄然と興味が湧いてきたらしく、他の文章も拾い集めたそうです。実は杉井社長には、4年程前の訪問の際に私の方から麻井さんの名前は挙げていたのですが、その当時はそのまま受け流していたようで、今回は現物の本を手にしていたく感動したそうです。麻井さんのお酒に対する見解が、杉井社長の目指すものと非常に近い形で同調しているようで、なればこそ私自身にも杉錦のお酒を支持してきたことへの再確認ともなりました。

 杉井酒造さんでは、およそ10年近く前の仕込から山廃仕込みやきもと造りへの試みを始めています。今では蔵での生産量の80%を占めるきもと系酒母ですが、速醸もとで仕込んだお酒は静岡県内で開催される鑑評会でも常に高い評価を受けており、いわゆる淡麗辛口な酒質を目指した吟醸造りにおいては既に高い技術を持っています。そんな杉井社長がきもと造りのお酒へと傾倒していったお酒の一つには、きもと造りを行ったお酒の方が味わいにおいて感覚的な「幅」や「奥行」を感じさせるというのがあります。精白の高いお米を用いて低温もろみを長期発酵させたお酒には、フレッシュ感と低めの酸をまとった酒質が求められますが、それが鑑評会という場を通じて同じような味わいのお酒に仕上がる傾向にあります。いわば一つの完成品としての型がイメージされているのですね。逆に、きもと系酒母においてはしっかりとした酸がお酒の輪郭を形作り旨味成分の多いお酒になるといわれていますが、それ以上に理想とされる完成品にもっと多様な要素が入り込む可能性が感じられます。速醸もとが一つの理想型へと近づくことで完成へと向かう酒作りとするならば、きもと造りというものを微生物の遷移系を取り込みながら多様性を取りこむことで存在するというような価値観で持って見てみることが可能です。イメージとしての日本酒の在りようが、二者択一的な価値観ではなく、多様な物が共生しているようなポリフォニックな響きとしてとらえられてくるのです。
 ちょっと話が逸れすぎましたね。

 まさか杉井社長と麻井さんの話を共有できるとは、今回の訪問の一番の収穫だったかもしれません。

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 杉井酒造さんのお酒には、確りとした太めの輪郭があるラインと、低酸に仕込んだ端麗なタイプがあります。後者にはきもと造りを行っているものもあり、きもと系酒母のお酒が多酸で味の多いお酒になり易いという先入観を覆してくれます。きもと造りを行った場合、発酵中のもろみ末期における酵母の死滅率が低くアミノ酸が出にくくなるという研究結果が得られています。また、抗酸化作用も認められているようで、貯蔵中に老いにくいとも言われています。一般的に吟醸酒をきもと造りで醸すのはイレギュラーだと思われがちですが、ここ杉井酒造さんでは肌目がきめ細やかで酸の輪郭も端正な、シャープな味わいを持った酒が生み出されています。


 杉錦さんのお酒の案内はこちらからです。




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